米ビッグスリー問題の感想

 この件について、面白いエントリを見つけました。

 日経新聞私の履歴書」にJR東日本相談役の松田昌史氏が登場している。国鉄民営化が話題となったのは80年代。当時、私はご案内の通りに経済・政治に全く興味なく、国鉄動向はさしたる興味もなく傍観していた。干された国鉄労組員の姿とか、民営化に際して泣く泣く故郷を離れる職員とか同情的に報じられていたが、中小零細企業を転々しながら展望なき人生を送っていた私には、何の同情心も起きなかった。むしろ、特別扱いされた労働者らが羨ましかった。
 履歴書を読んで、改めて戦後の国鉄史を興味深く追ったのだが、安定職場で強力な労組に守られた職員はやっぱり労働貴族じゃないか、ということ。ふと、これはGMとか米ビッグスリーの抱える問題と同じだという感想を持った。強力な労組がレガシーコストとなった米ビッグスリー。ある意味、ビッグスリーはレガシーコストを切り捨てる「民営化」(=この場合はチャプターイレブン)が必要ということになる(それで売れる車を作れるかは別だが…)。


国鉄と米ビッグスリーの相似性&五味氏の見解=「私の履歴書」 - 本石町日記

 私は学生時代に商品運送のアルバイトをしていた時、ある国鉄ターミナル駅の荷捌き場の中に設置されていた組合小屋で昼間から職員らしき人が酒盛りをしていたのをよく目撃しており、組合員によい印象をもっていなかったです。

 さておき、貿易摩擦時のビッグスリーの言い分が、民営化に反対していた当時の国鉄守旧派の言い分と確かに似ていたなぁと思い出しました。

 国鉄は民営化することで見事に蘇りましたが、ビッグスリーは蘇ることができるのかと考えると・・・難しいでしょうね。