新聞が衰退するかんたんな理由

なぜ新聞がこのような苦境に陥っているのか? その理由が知りたい人には、それが最も顕著にわかる事実を教えてやろう。つまり「活版印刷は設営・運営が恐ろしく高価だ」という事実だ。これはグーテンベルグの時代から当たり前にあった経済の一断面だが、それが競争に歯止めをかけるお陰で、印刷機オーナーは一定の経営規模を確保できるだけの黒字利益を出すことができた。それは互いに餌を与え合う、幸せな経済の組み合わせだった。実力が完全に互角な新聞が2紙ある概念上の街では、いずれ片方が特ダネ、要人インタビューなどでやや優位にたち、その時点で両紙の広告主・読者は若干だがそちらを贔屓にするようになる。するとその新聞は次の広告費をライバルより容易に、もっと少ない経費で獲得可能になる。こうして支配力が強まり、それがまた贔屓を深め、あとはコーラスのリピート。しまいには各紙間に地域別・人口別の棲み分けが生まれるか、その地域のメインストリームの読者に1紙独占体制が敷かれるのがおちだ。


クレイ・シャーキー「新聞、考えられないことを考える」:Clay Shirky's "Newspapers and Thinking the Unthinkable"::Long Tail World

 新聞業は設備産業であり、莫大な設備投資(印刷機材・流通網)という参入障壁をもっていたが、パソコン・インターネットは参入障壁を無効化してしまったという話です。

 自分が新聞に求める機能を考えると、適度な速報性とその情報の正確性、そして簡単な解説の提示ですね。詳細な分析は他のメディアで見るからいいという感じです。お客さんや友人との共有可能な話題になりうるレベルの情報を提供してくれればよいというところでしょうか。

 実は私にとって、新聞に載っているほとんどの情報はどうでもよい情報であり、新聞の必然性を真剣に考えた場合、どちらかというといらないものかも知れません。

 もし、日本の新聞系が滅びるようなことがあっても、そのほとんどの機能はインターネットが代替してしまうと本気で思います。