相手につくす

「人を呼ぶのは面白いものだよ。呼べば喜んできてくれると思ったら大間違いだね。どういう方法で招いたらば、2時間でも、3時間でもうちとけてもらえるか。そこを考えるのが面白いのだ。この点は、茶人が一番、心得ておる。あの豪傑の秀吉が、利休に茶道を訊ね、わずか三畳か四畳のせま苦しい茶室で、茶碗をひねくり回すようなことを、なぜやったとおもう?」

 ここから先、泥亀流の人を招く「哲学」が語られる。

「人の心理状態というものはだね、じぶんに最も近いところに、そのひとを引き寄せて、モノを食わせて、目を見て、話してみなければわからないからだよ。頭の悪い茶人は、おのれの嗜好を押しつける。だから反発を買う。お客を招く主人は、全部の心持ちをお客に捧げて、そうしてじぶんの心づくしが自然に相手に響くやり方でなければならぬ」

 うちとけた空間で、山下が他人から得た情報は、おそらく国家機密に類するものもあっただろう。しかし、何かのメリットを求めて人と食事をする「底意」を感じ取られたら、相手は胸襟を開かない。あくまでもじぶんを「空っぽ」にして相手に尽くす姿勢が大切だと宴会の達人は言い残している。

 こちらがストレートに誠をぶつければ、相手も反応する。


「人と飯を食え! 対面する場に宝あり」: 山下亀三郎伝・1: NBonline